1.小舟


  白い海を漂う一隻の小舟。
人と思わしき影がその上でゆらゆらと揺れている。

身なりは深い霧に隠れて定かではないが、
何をしているわけでもなくただ茫然と立ち尽くしているように見える。
この視界の悪い中どこかへ向かおうとしているのか。
それとも岸がわからず途方に暮れているのか。
私はその場で「おおい」と呼びながら
持っていたランプを上下左右に動かし合図を送ってみた。

反応は無い。

暫くその行為を続けていたが一向にこちらに気付く様子はない。
やがて小舟の影は少しずつ少しずつ薄くなり
そのまま霧の中へと消えていった。

一体何だったのだろうとその場に座り込み考えていたが、
突然妙な胸騒ぎを覚え我に返った。

私も小舟に乗っていた。



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